後退する建築 2026年建築学会賞3作品について

2026年の建築学会賞が先日発表され、田町の建築会館にて表彰式が行われた。そして一昨晩、各作品の設計者が自らの作品について語る講演会が開かれた。youtubeで中継されたそれを大変楽しく視聴させてもらったが、非常に示唆に富む内容であったので、その時聞きながら考えたことを自分のためにもここに残しておこうと思った。ちなみに、僕は霞ヶ浦と金沢は見に行っている。屋島は機会を伺っているところ。だからこの批評において、屋島だけは僕の身体感覚が含まれていない。

 

今年の日本建築学会作品賞は以下3作品

 

・屋島山上プロジェクト/周防 貴之(㈱SUO代表取締役)講評文

・霞ヶ浦どうぶつとみんなの家/高橋 一平(髙橋一平建築事務所)講評文

・金沢美術工芸大学/日野 雅司(㈱SALHAUS共同代表/東京電機大学教授)
         /川口 有子(㈱カワグチテイ建築計画共同代表)
         /仲 俊治(㈱仲建築設計スタジオ共同代表/東京都立大学准教授)

         講評文

 

まず、端的に。当然ながら全て完成度が高く、素晴らしい作品だと思った。近年稀に見る、「素晴らしい作品」が集った年と思う。ただし、その「素晴らしさ」には多分な含意がある。時代の転換を痛切に感じる結果でもあった。

建築の『後退』

この3作品は『後退』という言葉をキーワードにして補助線を引くと、共通項が見えてくる。少なくとも僕はそのように整理している。そして、その『後退』とは”進歩していない”という意味ではないということも申し添えておこう。建築の立ち姿、在り方、この世界での振る舞いが『後退』している、という意味だ。詳しく見ていこう。

地形への後退 -屋島山上プロジェクト- 

まず、概観して感想を言いたい。僕は実際に現地に訪れていない(行きたい)。であるため、SUOの公式HPの豊富な写真を見ているだけであるが、その空間の豊かさ、視点の多さは非常に伝わり、これは良いのだろうな、という大雑把な感想を抱く。大いにフォトジェニックであろう。ただ、多少の既視感は正直なところ、ないとは言えない。その場に身を置いていないので、下手なことは言えないが。

「地形のような建築」を標榜している新築棟(やしまーる)と、地形の操作によってリノベートされた既存棟(れいがん茶屋)。その2棟は地形というレイヤーによって不可分となり、新旧を統合する、言葉通りの強固な「地盤」の上に立つことになった。美しい物語だ。不定形な輪が人々を包み込み、地形とともに、彼らのアクティビティを幅広く許容する。様々な軒高、天井高があり、一様ではないそれは僕たちの身体性を回復する特効薬だ。非常に洗練された現代の建築と言える。

ただ、れいがん茶屋の改修方法については引っ掛かるところはある。土を盛り、既存の木の柱を埋め、コンクリートで固定化する。いささか暴力的に映るその操作の必然性は地形によって新旧を統合するというものだと理解しているが、実際作られてしまった地形の高さや広がり、その形は設計者の恣意性の塊であろう。「敷地の地形の要請に従って、新築棟をデザインし、既存棟と接続する」というコンセプトだけを聞けば、あたかもそこに恣意性はないように読めてしまう。その覆いから見え隠れする意図が多少気になった。現地を訪れ、「ああ、これしかないな」と思えるような空間の強度を感じられるのであれば、それは全く問題にならないのだが。

まとめると、この建築群は地形が前景化し、地形と建築の応答関係の中で場が作られている。建築そのものは、その場のために舞台装置として後退し、その存在感を薄めている。これは建築の拡張なのか、それとも建築の後退なのか。起きている現象にどう名前をつけるかということだけであるが、僕はこれは地形への後退だと、そう思った。

 

物語への後退 -霞ヶ浦どうぶつとみんなのいえ-

こちらもまずは感想を述べたいと思ったが、以前の記事で見に行ってすぐの生生の感想を残していたので、詳しくはそちらに。要約すると、空間体験としては非常に新鮮で、出色。「建築」の解体を試みた非常に意欲的な作品で、これを評価しないなら建築界の次の一歩はないとさえ思った。建築学会賞を獲るべくして獲った作品。

これを建築として咀嚼していいのか、咀嚼すべきか迷った。しかし、実物は建築然としている、非常にバランス感覚のある、どちらに転ぶかわからない均衡点としての緊張感のある空間だった。設計者の高橋一平さんは四人称という視点を持ち込み、脱人間主義の建築を目指しているのだ、と僕は整理している。建築というものは、「人間が人間のために行う営為であり、その結実」であると思われるのだが、脱人間主義というイズムを持ち込むと建築そのもの自体の基盤に亀裂が入るであろう。そこには脱人間主義を人間である高橋さんが完璧に遂行できるのか、という疑問とそのジレンマはどうしても残る。その葛藤も含め、建築の定義を揺るがそうとする意欲的かつ挑戦的な作品だ。ただ、そのジレンマの一端として、四人称というものが「神になった建築家の視点」でしかないのではないか、という問いが僕の頭の中をよぎり続けている。

実地での感想は以上にして、僕はこの建築を物語への後退と評したい。高橋さんは「環境としての建築」を標榜していたが、環境というよりかは、これからの建築はこうあるべきだ、という物語の語り手として建築が機能しているように思われた。テーマパーク性をそこはかとなく感じたのも、それが理由であろう。物語の前景化である。やはりここでも建築は後退している。そして、設計者の恣意性はここでも四人称というレトリックを借りて物語の中に隠されている。

 

システムへの後退 -金沢美術工芸大学-

この建築については見に行った、見に行ったが覚えていない。良い意味で記憶に残らない建築だと思っている。非常に透明だと思った。いや、本当にいい意味で言っている。特徴的な空間や形は表出されていない。アートプロムナードのプラザもリズムの中のスタッカートのように歌われている。ひたすら「心地よい空間」「適切な機能の空間」が巧みに配置されている。綺麗な街のような建築だ。街だから記憶に残りづらい。透明である。学生の活動-アクティビティ-が目立ち、主役は学生や先生教授、そこで創作をしている人々とその創作そのものとして映る。人間の活動は前景化している。そこで建築は単に背景なのではない。その活動を支える透明なシステムとして一歩引いている。これを僕はシステムへの後退と呼ぶことにした。

この透明性は何によって獲得されているのか。7人の建築家の共同設計による、作家性、恣意性の希釈なのか。もしくは、7人の丁寧な合意の手続きによって成し得た、総体としての透明性なのか。僕は後者であると考えている。恣意性の希釈という偶然による産物であるなら、統制が取れ過ぎている。

実体としてだけではなく、設計手法としても透明性の獲得という一つの目標を達成するためのシステムが組まれたのだと、僕は思う。棟ごとに担当を決めずに内部と外部で担当を切り分け、一つの事務所が棟を横断するようにファサードデザインを手掛けたのも、そのシステムの一端であろう。このシステム化が成し得たのはそれぞれの事務所の力量と、良好な関係性が背後にあったのではないか。その点で、再現性は薄いかもしれない。

また、最後にふと思ったことであるが、同じくグリッドを基盤とした建築としてピーター・メリクリを思い出す。しかし、メリクリの建築にはどこかチャーミングな身体性がある。一方、金沢は徹底して透明である。この差は思っている以上に大きい。

 

建築の跡地 そこに何が残るのか

3作品を『後退』という補助線を引きながら、各作品を見てきた。この3作品に共通する『後退』——地形、物語、システムへの背景化は、現代建築が「建築家による過剰なコントロール」を反省し、環境や人間、他者との関係性に寄り添おうとした誠実な努力の結晶であることは間違いない。パトロンを失い野武士が野に降りてきてから、大震災やパンデミックを経て、建築の無力さばかりを眼前に叩きつけられてきた僕たちの歩んできた道の一つの到着点である。建築学会賞の全ての作品が、『後退』をしているというのはその潮流が広く浸透し、一般化したことの証左であろう。そして、そのこと自体に僕は反論はない。歴史の中での正当な進歩の結果だ。進歩することで、建築は「後退」してきた。では、後退した跡地には何が残るのであろうか。建築の残り香はそこにあるのだろうか。それが問われている、と僕は思う。結局、「建築とは何か」という問いに存在論を巻き込みながら戻ってきた。

臆病な僕は何度もエクスキューズしてしまうが、再度、言っておこう。僕は今回の3作品についてダメ出しをしているわけでも、ケチをつけているわけでもない。全て素晴らしい作品だと思っている。ただ、3作品が突きつけてきた問いについて、『後退』という補助線の先に見えた問いについて、自覚的になるべきではないか、と言いたいのだ。

建築が後退し、建築以外のものが前景化すること自体、否定しない。それは古来から建築が持つ一つの側面であったからだ。しかし、建築が後退しきって、とうとう単なるメディアになってしまったとしたら、建築はどこに行ってしまったのだろうか。建築が建築たりうるためのコアは霧散してしまうのだろうか。その問い/おそれを持つこと。建築が存在として後退しないための堤防を持つこと。その思いを強くしたのだ。このまま建築の後退/メディア化が進むとは思えない。それはきっと建築の自死だ。どこかで揺り戻しが来ると思うが、それが今なのか、それとももっと建築の存在が希薄になってからなのか。わからないが、建築がもう一度、自ら立とうとする時代が来る。そう確信している。ルネサンスのように。その下準備をしておきたい。そう思ったのである。

最後に、僕の友人がいつかぼそっと呟き、僕の心にずっと残っている些細な言葉を結びとしたい。

 

「ただ良い建築を作るだけは、もうダメなのかな」

「推し」がわからない

誰か教えてほしい。

かつて友人に「おまえはアイドルに興味を持って推しを作った方がいい」と言われ、キョトンとしてしまった。そして今でもキョトンとし続けている。

 

いや、少し正確に話をしよう。

「推し」という言葉は多義化している。

まずは広義の「推し」についてから。

 

広義の「推し」はわかる。僕にとっては建築だし写真だと思う。おそらく。

(※どうやら、広義には「推し」とは:誰からも要請されずとも自分から主体的に働きかける好きの対象、らしい)

でもその広義の推しって、対象範囲が大きすぎて、意味対象のグラデーションも広すぎやしないか。と思うのである。それって言葉として存在意義ある?

 

誰かに、「建築は君にとって推しですか」などと訊かれたら、「まあ、そうなのかもしれないですねえ」とは答えるけど、内心は推してはないなあ、と思うのである。写真も同様。

だって、僕は建築を好きでいるけれども、その好きの気持ちというものは僕だけものもであって、その気持ちを他人と共有する必要も、理解される必要も、他人に布教する必要も感じていない。僕のそれはひどく内省的で、内向きである。

でもその営みや僕の態度は外側から見ると、行為としては「推し」なのかもしれない。

ここが気持ち悪い。

 

僕は主体的に建築に触れている感覚がない。新しく建ったからしょうがなく見にいく。どうやら良さそうだから仕方なく見にいく。できてしまった、そこにあってしまっているオブジェクトとしての建築物を拾い上げて咀嚼する、そんな感覚。

僕が思うみんなの「推し活」の熱量とは全然違う気がする。

僕は建築を推せているのだろうか。わからない。別に僕の行為が推しだろうとどうだろうと、やることは変わらないのだけれど。

 

 

狭義の「推し」について、だ。

これが本当にわからない。アイドルや、芸能人に興味を持つこと自体が希薄だったので、その熱狂のエネルギーがわからない。

そのエネルギーに晒されていないだけなのかもしれない。生で握手会に行ったら違うのかもしれない。でもそもそも、そのスタートラインに立とうと思えない。

 

人に興味がないからかも。

好きな歌手やバンドはいるけど、それは曲や詩が良いと思うからであって、好きな人が歌ってるからではない。これって冷たいのかな。

 

うーん、書けば書くほどわからなくなるけど、僕の推しの対象(あってるだろうか)が人間じゃなくて、建築や写真といったモノでよかった、と思った。

変わらずそこにいてくれることが多いから、裏切られる可能性が非常に少ない。

建築は結婚しないからね。

雑記20

◾️記念

この前、記事を書こうと思って、はてなにログインしたらなんとブログ始めてから100記事に到達したらしい。(至るところで〜の記事が100記事目)

2018年の11月から始めたから、5.5年。1年あたり18本ペース。なんとのんびり書いてるのだろうか。

しかもほぼ写真ばかり載せてるから、文章ベースの記事に限ったら全然書いてない。でも、自分の頭の中で考えたことを、発散できる場所がある、その上、なぜだか人に読んでもらう状況にできているのは、ありがたいことだなあ、なんて思っている。

勝手に節目を感じて、勝手にもうちょっと文章を書こうかなって思って、ここのところ筆を取る頻度を増やすことにした。

 

◾️しくしく、じんじん、ずきずき

痛みを表すオノマトペ(なのかな?)ってみんなしっくり来てます?僕は来てない

ざーざー、ぺらっ、しんしんとかの擬音語(なのかな?)というか、音由来のオノマトペはホーン、って納得できるんだけど、「胃がしくしく痛む」

はぁ……?

いやね、なんとなくわかる、こう胃の底の方で一定周期でじんわり痛い的な?待てよ、じんわりもわかんないな

そう、しくしくでもじんじんでもずきずきでも、全部僕の中で今なら「この痛みならこれかな……?」みたいな割り当てというか当て感があるけども、それが他の人たちとおんなじニュアンスというか、感覚なのか、とっても不安になります。なりませんか?

医療的にも、診察とかでその「わからなさ」でやり取りしているの、あまりに綱渡りじゃありゃせんか?とも思う。いや、伝わってるならいいんだけど……

そもそも子供の時、親に「どんなふうに痛いの?」と聞かれて、ずっと答えに窮してた。オノマトペもなんか違う気がする。みんなこの気持ち、わかりませんか?「痛み」を伝える言葉や方法を僕たちは持ってない。

 

◾️ビバ孤独

もう、みんな山の中で隣家との離隔100mくらいとってバラバラに孤独に暮らせばいいんじゃないかな。

でもそれでもSNSで口喧嘩続けてたら笑える。

 

◾️離散的、連続的

この週末は下宿の掃除をして、溜まっていた缶のゴミを処分してスッキリした。しかも土日両日共に、スーパー銭湯に行った。土曜日はマッサージまでしてもらっちゃった。

サウナ、水風呂、外気浴を3サイクルして血は体を巡っていたことを思い出して、下瞼のゴリゴリが小さくなって、どことなく体の奥のズーンとした感覚が軽くなった。嬉しい。

マッサージしてくれた師は、気功ができそうな小柄だけどなんか強そう、なおじさんだった。

「お客さん、身体のそこら中が張ってますよ。ガッチガチじゃないですか。」と言われるとこそばゆく嬉しいのは何故だろう。

ほぐされながらもちろん寝たのだけど、寝ぼけながら「ほぐしのツボは離散的に体に散らばっていて、でも筋肉は連続してるよな〜ふしぎ〜」とかわけわからないことを考えたりした。筋肉は連続していない。

帰り道は小雨が降ってたが、花火が上がっていた。8年ぶりくらいに生で打ち上げ花火を見た。10歳若返った気がした。

霞ヶ浦 どうぶつとみんなのいえ

霞ヶ浦 どうぶつとみんなのいえ/高橋一平を見に行った。

霞ヶ浦 どうぶつとみんなのいえHPより引用 

霞ヶ浦 どうぶつとみんなのいえHPより引用

公式HP:

doubutsutominna.jp


建築学会作品賞の受賞作。

まず、シンプルに感想。

とても良かった。車で2時間弱、高速代はたいて行く価値は大いにある。

相当の意欲作だと思った。建築学生は見に行くべし。非常に面白いです。

 

 

元々は県、市、民間企業の3者による官民連携で運営していた霞ヶ浦ふれあいランド内の水の科学館の閉館に伴い、既存建物を活用しながら新たなレジャー施設(と呼ぶと設計者に怒られると思うが)を建てる計画だったそうだ。

実際、水の科学館の建物を残しながら、その間を縫うようにコンクリートのうねうねした通路が通り抜け、その通路がさまざまな領域を規定し、どうぶつたちが暮らす庭を形成している。かつての水の科学館の正面アプローチの大階段は部分的に崩落(のように見せている)し、手すり壁は荒々しく削られている。遺跡、というか廃墟然としている。人がいなくなって、打ち捨てられた建物の空気を纏っている。

おそらく、2階がバックヤードであろう。動線である階段を通行不能にして演出することで、2階の存在をあまり気づかせない、上手い隠し方だなあと思った。既存建物を「生きるように活かす」のではなくて、「殺して活かす」という手つきで徹底している。

 

旧水の科学館の建物は不要な壁やスラブを徹底的に取り除かれ、ぶっきらぼうなRC躯体の床、壁、天井のそれぞれのオブジェクトとして振る舞うことで、既存と新築スロープが違和感なく接続されていた。(あまりにもぶっきらぼうすぎて、雨仕舞が完全にうまくいっておらず、これは。。。まずいのでは??と思ってしまう場面もあったが。)

解体の痕跡(壁やスラブがついていたであろう箇所の断面の小口)は補修されることもなく、そのままのあらわしとなっていた。既存建物内の乾式壁に埋め込まれていたであろう消火栓の格納箱も、その裏側と配管まで露出させ、ポンとそこに置かれているだけだった。建築内に漂う空気感、雰囲気は決して「人間に優しく」というものではない。

この建物のコンセプトは遺跡らしい。それは建物内を流れるムードとして徹底されていた。人間が打ち捨てた建物に、どうぶつが棲みついたという設定の遺跡。

なるほど、そうなるとコンクリートで作られたクネクネの通路も、コンクリートサファリパークではそう変ではない。実際全く違和感なく散策できる。この建物の強さは、ただひたすら、「遺跡」というコンセプトを守ることによって生まれている。そう感じた。

 

空間体験として、相当面白い。見慣れたスケールの構造物の中をキリンが歩き回る。カピバラや、ワラビー?、ナマケモノが地続きのコンクリートスラブの上で、存在している(しかも仕切りなしに)。普通の動物園では味わえない。

 

ただ、ちょっとした違和感を感じた点がある。

演出が適切だが、適切だからこそ過剰な気がしてしまう。躯体解体の小口をあらわしで見せるだとか、大階段を一部壊して、その下をカピバラの住まいにするだとか。廃墟性を意図的に作ろうとする手つき、が言い得ぬ違和感の元だと思った。人間のための構造体をやめるのであるから、その方法は適切なのであるが、少々の「わざとらしさ」の匂いがした。それでも、空間体験の面白さ、素晴らしさと比べたら些末なものだが。

 

新建築2507に高橋一平氏の4ページにわたるテキストがある。かなり濃厚で、読み応えがあるので見に行く前か後に一読した方が良い。

ちなみに、僕は見る直前に読んだ。そして、見た後に読んだ方が良かったなと思った。できてしまっている建築、空間は素晴らしく、それを否定する言葉はどこにもないのだけれど、この建築が「自然の入り口」だとは思えない。

醸し出しているムードは、人為的に作られた演出であり、コンクリートの構造物の中にどうぶつが棲みついたという擦られ続けたイメージ・物語はどう読み解いても、「人間のため」の範疇を出ない。人間の人間による人間のための物語である。それを具現化した一種のテーマパーク感が拭えないのだ。

ひとえにそれは、宣言のせいなのではないか、と思う。

「遺跡」と自ら名乗ってしまっている。

テキストで建築家が事細かに説明してしまっている。

何も言わなくて良かった。何も言わない方が良かった。

その方が、空間の力強さの説得力が増したはずだと、僕は思った。

 

なんて言ってみたけど、建築として、体験として出色であることは間違いないので、ご興味のある方は是非に。

僕は何を撮っているのか

 

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僕は写真を撮るという行為を通じて、何をしようとしているんだろうね。

何を撮っているのだろうか。

 

そんなことを考えていたりしたので、言い訳をここに残しておこうと思う。

 

僕の写真はとにかく、色気がない。

カタルシスも、ドキッとさせるものもない。色彩もビビットではないし、対象物も目を引くようなものは珍しい。

どこにでもあるような、デジャビュのような、どうってことないものばかり撮っていると思う。もちろん、その限りではないけど、どんな景色であろうと、僕の眼差しと、態度は基本的には変わらないように努めてきた(はずだ)。

 

自分が何を撮っているのか、肯定的な立場から言葉にするのが難しそうなので、消去法的に否定することでその輪郭を立ち上がらせたいと思う。

 

まず、僕は「日常」を撮っているわけじゃない。正確に言えば「日常の景色の素晴らしさ」を切り取るという文脈で撮っているわけじゃあない。「見過ごしがちだけど、身の回りのよくある景色を切り取って、その尊さを振り返ろう」だなんて微塵も思っていない。

 

撮り始めた時は、記録写真を撮りたいなと思って、カメラを持って色んなところに出かけたりした。目的は記録だった。今は違うけど、少なくとも始めた時の思いはそうだった記憶がある。あとは、古い機械が手元で動いて、写真が残せるという感動をただ感じたいだけだった。

 

だんだん、電気が通じていない機械というもの自体に慣れて、感動も薄れていくにつれ、僕の中の撮影というものの重心は違うところに移っていった。

もう一度、何を撮っているんだろう、と振り返る。

多分、僕は写真というもの自体を撮りたいと思っている。

ん〜〜〜〜、上手く言えないけども、写真が撮りたい、ということ、それだけだと思う。

 

美しい景色を切り取るわけでも、記念を保存するわけでもなくて、写真を手元に残したい、と思ったんだと、今言語化しながら、整理している。

そう、その写真が美しいだとか、構図がいいかだとかは、どうでもよくて、写真が示そうとしているイメージそのものを、ただそのイメージそのものが語ろうとしてくるものを保存したい、というのが僕の欲望だと思う。結局、それって他者性なんだけど。

 

このモヤモヤをはっきりさせるためには、拙くても写真とは何か、という問いに対する僕の答えを書いておくべきだろう。

写真とはなんなのだろうか。僕は写真は極めて抽象的な表現である、と思っている。

 

間違ったことを言いかねないので、一応辞書を引いておく。

具象

ぐ‐しょう〔‐シヤウ〕【具象】
読み方:ぐしょう

[名](スル)

1 はっきりした姿・形を備えていること。具体。「―画」⇔抽象。

2 わかりやすく、はっきりと示すこと。

 

抽象

ちゅう‐しょう〔チウシヤウ〕【抽象】
読み方:ちゅうしょう

[名](スル)事物または表象からある要素・側面・性質をぬきだして把握すること。⇔具象/具体。→捨象

もしくは、

抽象
【読み】:チュウショウ
【英】:ABSTRACTION

語源はラテン語のアブストラヘレ。対象の構成要素のうち、或るものを他から切り離して、ひき出すこと。絵画や彫刻においても、対象の本質的要素を選び出して描写する点において、多かれ少なかれ抽象の作用が含まれるが、美術上この概念が特別な意義を持つようになったのは、1908年にヴォーリンガーが「抽象と感情移入」において、芸術の根本衝動のひとつとして抽象衝動をあげ、これによって原始民族や東方の諸民族の非抽写的な美術を正当に評価しようとしたことと、1910年にカンディンスキーが、初めて対象的事物を描かない絵画を発表し、1912年には「芸術における精神的なもの」において絵画への道のひとつの極として純粋抽象を論じたことに始まる。これ以降、外的対象的世界を描写しない作品が次々と現われ、非具象(ノン・フィギュラティフ)、絶対、非対象、非再現などと呼ばれたが、最も一般的な呼称として抽象が普及した。また、抽象の出現により、それに対抗して再現的な表現を総括するために具象の概念が使われるようになった。

 

抽象についての後者の美術用語集のニュアンスが一般に広まっているので、その文脈で言えば写真は具象的、と言える。外界の状況をごく緻密に「ありのまま」抜き出して描画しているから、なるほど確かに具象と思える。

 

でも、前者の抽象を引いてみると、「事物または表象からある要素・側面・性質をぬきだして把握すること。」とある。この定義から立脚すれば、写真って抽象だよな、って思うのだ。というか、写真だけじゃない、人間の認知は抽象にならざるを得ない。

 

世界はアナログである。連続している。一方向の時間の流れの中で、絶え間なく全てのものが変化し続けている。僕たちはそのすべてを認知できない。知覚はできるが、認知はできない。

今僕にはブラインドが下げられている窓の、そのスラットのスリットから漏れ出る日の光が刻一刻と明暗を変えている様が見えている。

その変化の度合いや、リズムを僕は知覚しているが、認知するためには言葉に変えるほかない。

その様を、巧みな比喩や、レトリックを尽くして言葉で描写しようとしても、見えているものそのままを表現することはできないだろう。そのもどかしさをみんなも感じたことは、度々あると思う。

しかも、残酷なことに、他人に伝達するのみならず、僕たちは認知することでさえ、世界そのままの状態では叶わないのだ。「ああ、ブラインドから漏れ出てきてる光が、心地よいリズムで、明滅しているなあ」と思った瞬間、世界が僕に提示している情報をかなり捨ててしまっている。言葉が世界を切り分けるその精度、鋭さには限界がある。

 

人間は、目の前に広がっている世界を把握するために、アナログのままでは不可能なのだ。デジタル化するしかない。A/D変換をしないと、僕たちは世界を把握できるかけらに変えられない。

 

さて、写真はどうだろうか。言っておきたいのは、写真は言葉に比べて優れている、と言いたいわけではない。写真も言葉と同列である。

写真というのは、レンズを通った光が、像を結び、シャッタープレーンが通過する秒数だけ、フィルム(もしくはセンサー)に焼き付いたものだ。

目に見えている図像に近いイメージが手に入るが、それは「分割できない連続した世界の流れの中で、シャッタースピードの刹那の時間だけレンズが見た光」でしかない。それは僕が見た世界そのもの、とは全く違うもの、なのだ。

さらに言えば、僕は視覚だけでなく、嗅覚や聴覚、触覚で世界を知覚している。レンズを通った光は可視光線外の波長のものもある。紫外線や、赤外線など、僕の知覚に影響を与えている光もカメラはとらえているはずだ。でも、現像というプロセスを経て、その情報は捨てられてしまう。これは、言葉と同じだ。

 

ここまで書けば、僕が何を言いたいのかわかるはずだ。

人間でしかない僕たちが、世界をあるがままに把握することはできない。僕たちは言葉や、写真や、レコードなど、何かの媒体の力を借りて、希釈された世界を認知し、記録するしかない。

僕は写真を撮るということが、ただ、それだけの行為だということに感動している。

写真が示そうとしているものは、我々の心象風景や、物語ではなく、世界の別訳なのである。

言葉が世界を清水俊二氏のように翻訳する一方、写真は戸田奈津子氏式で翻訳してくれる。ただ、ただそれだけのことだと思う。

 

だから、撮影って面白い。写真が翻訳してくれた世界を見ること、眺めること、解釈を極力しないこと、が面白い。

 

僕も途中から何を言っているのか、わからなくなりかけたけど、ちょっとでも伝わるなら、嬉しいな。